コミュニケーション
コミュニケーションの大切さはよく語られるけれど、どんなコミュニケーションがよいのか、なかなか難しい・・・
良いコミュニケーションは、ブラックコーヒーと同じくらい刺激的、ちょうど同じくらい後で眠れない。(アン・モロー・リンドバーグ)
コミュニケーションの大切さはよく語られるけれど、どんなコミュニケーションがよいのか、なかなか難しい・・・
良いコミュニケーションは、ブラックコーヒーと同じくらい刺激的、ちょうど同じくらい後で眠れない。(アン・モロー・リンドバーグ)
本日、久しぶりにPCを前に作業しない一日。上京し、茅場町まで出かけるが、陽気もよく、しばし心を休めたか。日本橋あたりを歩いていて、なんの気なしに、江戸、享保の頃の佚斎樗山(いっさいちょざん)の著作、『貧神夢会』の一文をアタマに浮かべていた。
仁は即(すなわち)至楽なり。求めても不可得(うべからざる)物を、しゐて求る時は、却(かえっ)てをのれをくるしめ、生涯物のためにつかはれて、安んずることをしらず。名を求むれば名のためにつかはれ、金銀を求れば金銀のためにつかはれ、器物を求る物は器物のためにつかはれ、色を好む者は色のためにつかはれ、吾が大切の心を以(もって)、他の奴僕(ぬぼく)とする事をしらず。終日(しゅうじつ)此(ここ)に心を用ひて労す。今の人は此(ここ)に巧(たくみ)なる者を智ありといふ。古(いにしえ)の人は是を愚者、小人と云。此に心を用ゆるときは、至楽と日々に遠ざかる。・・・
まあ、カネでも情報でも仕事でも、「終日(しゅうじつ)此(ここ)に心を用ひて労す」というのはよくない。たまに休みも必要か。大切の心、奴僕にばかりはしておられん(^_^)
ただし、貧神とは貧乏神を指す。心豊かな時は貧乏神と二人づれなのやもしれぬゆえ、悩ましいところか。
我が国でも昔から言われてきたことだが、・・・
自由な企業の基本的なルール: 得るためには与えなければならない。(スコット・アレクサンダー)
本日休日。仕事をせず読書。井原西鶴の『西鶴織留』巻一にこうあった。
富貴(ふうき)は悪をかくし貧は恥をあらはすなり。身体(しんだい)時めく人のいへる事は、横に車も退(の)いて通し、世を暮しかぬるものゝいふ事は、人のためになりても是をよしとは聞かず。何に付けても金銀なくては世にすめる甲斐なき事は、今更いふまでもなし。
なるほど。あたりまえだが、恥おおく、くわえて、世を暮らしかねている理由はカンタン、カネなきゆえ(;。;)
ビジュアルにしてくれると分かりやすく、ありがたい。
リンク: Visualizing the United States Power Grid | FlowingData.
コミニュケーションツールもどんどんよくなっていく。ついていくのがたいへん。
リンク: Seminar on Innovative Approaches to Turn Statistics into Knowledge, 15-16 July 2009, Washington DC.
二宮尊徳、『大円鏡』にこうあった。
貧人者、以今日勤功、補昨日衣食、逆天道冥慮、是故貧賤不離其身、
富人者、以今日勤功、補明日衣食、順天道冥慮、是故富貴不離其身、
今日カネを稼いでも、稼ぎ以上の生活をしていると足りなくなり、結局、今日の稼ぎで昨日の出費を補うようになる。これは尊徳さんに言わせれば、天道冥慮に逆らっていて、びんぼーへの道か。今日の稼ぎで明日生活できるような生活にすれば、豊かになり天道冥慮に順っていることになるわけだ。富貴その身を離れずとなりたいもの。
子供たちは私たちが見ることがないであろう時へと送る生きているメッセージである。ジョン・W・ホワイトヘッド
ということは、我が国の子供が減っているぶんだけ、我々の未来へのメッセージも少なくなっているわけか。
どうもカネも貯まらぬし、ソンばかりしている気がするときがある。おそらく、財は走って行ってしまい、じぶんに止まらず、宝は人との間で往来していつも向こうに往、こちらに来ない・・・のかな(;。;)
尊徳さん『万物発言集』にいわく、
一財為走止、是名謂貧富、一宝為往来、是名謂損益
(一財走止ヲ為ス、是ヲ名テ貧富ト謂フ、一宝往来ヲ為ス、是ヲ名テ損益ト謂フ)
欲張りな振る舞いで有名になるよりも裏通りでの日々の親切。(Charles Kuralt)
米国は経済危機への対応でじゃかすかドルを刷っている。いきおい、インフレやドル暴落を懸念する声がでる。経済危機に関して悲観論をブツ筋にはゴールドを扱う業者さんも目に付く。で、ゴールドの人気が高まり昨年は一時期、オンス当たり1000ドルを超える相場もあった。
そんなご時世、佐藤信淵の『経済要録』でも読んでおくべきか。
黄金は諸金属の君長にして、万物の主宰なり、何かんとなれば、凡そ天地の間なる群品の価は、皆黄金を以て其貴賤軽重の等級を定めたる者なり、古人銭を以て万物の主とし、或は皮幣を主とせし論もあれども、未だ天地の神意を盡すに足らず、嗚呼万物を運動し、群生を役使すること、その威徳の黄金より神霊なるものあらん哉、佛も藁蒭(わらつと)の中にあれば人も亦尊敬せず、必ず黄金の室内に安置するを俟て、而して後に万民嗟歎して此れを礼拝す、然れども亦議すべきことの無きにしもあらず、其仔細とは、此黄金の性質を審かにするに、人類の性命を保養して、天年を全するの事に於ては、信とに無用の物にして絶て貴重すべきの理なし、若し夫れ虚華の金飾を廃し、通用の金幣を止るものならば、黄金なしと雖も、人世に傷害あることなし、又鉄は人世一日にてもなくては叶はざる物なれども、恆に極めて多き物なるを以て、人皆其功徳の大なる知らず、・・・
信淵には貨幣に関する金属主義者と一見、見間違われる論もあるが、実は人世の視点よりみて、その無きを以てしてもなんらの傷害なしとしている点は注目されてよいと考えている。黄金を投資の対象とするのは、そう望む者にとってはよいだろうが、「群生を役使」し、経済を回転させる点でみて、「通用の金幣を止るものならば、黄金なしと雖も、人世に傷害あることなし」としているわけで、その貨幣論は興味深い。
ネットを始め、情報は爆発的に多い。
しかし、
人アリテ後(のち)事アリ、事アリテノチ字アル(山片蟠桃)
人が事を起こす、事アリだ。事があって、これを伝える字(情報)がある。
この順番、肝要。
膨大な情報のなか茫然自失する必要なしか。
着実に
戻る温暖
季節だけ
マーク・トウェインがこんなこと言っていたか。
敵を怖れるな、君の敵は君の命を奪いうるだけだ。メディアを怖れるほうが遙かによい。彼らは君の名誉を盗むからだ。その恐ろしい権力、一国の世論は米国では溝掘りとクツ作りで失敗し、救貧院への道すがら、ジャーナリズムに育て上げられた大量の無知と自己満足しただまされやすい人々によって作られる。
必要なことをすることから始める
そうしてできそうなことをする
すると突然あなたは不可能なことをしている
(アッシジの聖フランシス)
事を手がける順番というのはそういうものだよなあ。
しかし意外に逆をやっている・・・
どうも今日はうまくないなあ。
今日は、これかな。
行有不得。反求諸己。
行ひて得ざる有り。反(かえ)りみて諸(これ)を己れに求む。
「私たちはじぶんの自己意識をもって、コミュニティの一部として個人の生活を始めることができる。私たちは単独であり連結している。この認識から自己責任が成長していく。私たちがすることは個々に私たちに、またコミュニティ全体に影響する。アメリカ先住民は「我々のすべての諸関係」について語る。私たちすべては関連している。すべてとは動物も植物も鉱物もであり、それらは共にリンクしている。私たちすべてが同じ化学的なものから作られている。宇宙のすべてがそうであるように。物理的境界がある宇宙船地球号に住んでいる私たちにとって、共に生き延びるつもりだ。事実、私たちの先祖の微生物は、より複雑な生物が絶滅するようになっても、生き残るだろう。私たちはそれから進化したのだ。」
www.culturechange.org/cms/index.php?option=com_content&task=view&id=379&Itemid=66
大蔵永常の足跡を訪ねるのは長年の望みで、せんだって、時間を見つけて白須賀に行ってみることとした。
新幹線を利用するようなぜいたくはしたくないので、朝4時に起き、横浜駅でかなりはやい東海道線にのり、静岡、浜松で電車を乗り継ぎ、まずは新居の宿から行ってみようと考え、新居町の駅にいく。5時間ほどかかったか。新居町に着く。
ここは東海道で箱根と並び関所があった場所。関所が保存されて残されている。近くの名物、「後引きせんべい」を購入して、白須賀の宿に向かって歩く。途中、昼食にと、地元のスーパー、カキコヤさんでおにぎりを購入するが、なんと新井宿名物、「うず巻」が置いてあるので、それも買い込む。
白須賀までの途中、旧東海道の松並木の残る道を歩き、かなり歩くと、白須賀に出る。
だがここはまだ昔の白須賀の宿ではない。同宿に出るには、潮見坂を上らなければならない。土地の方とお話しして、今日は岡崎まで歩いていくのかと聞かれたが、とてもとても。あちこち見て歩かねばならないし、二川までもいけるかどうかと答える。
潮見坂の旧道の入り口に看板がある。
潮見坂。振り返ると遠州灘がひろがる。
途中、坂の説明板がある。
坂を登り切ると桜が満開で、遠州灘を望む景色もよかった。ここから少し歩けば、昔の白須賀の宿だ。
白須賀の宿まで、行程は8キロ程度だったが、各所に寄り道したので意外に時間が経過していた。ここはJRの駅からかなり離れているので、行ってみたい場所である猿ヶ馬場を見るか、日に数本しかないJR鷲頭駅行きのバスに乗るか迷うが、後日ゆっくり再訪しようと思いバスに乗り、この日は帰ることとした。電車のなかではゆっくり本を読んだりできるのだが、あまりに長時間座っているとお尻がいたくなる。100円ショップで購入した携帯ざぶとんを持参していたが役に立たなかった(^_^)。
「あまりに多くの例外が溜まりうまく説明されないとき、危機が語られる。それは一般に人々にとってどのような種類のオルタナティブな理論も提唱する機会があるとういうことだ。」:http://tinyurl.com/cs9hof たしかにこの経済危機でもそれを期待し探すぐらいの楽しみが提供されてよいが、なかなかみあたらない。
「生き生きとして人生をサポートするのはトランジション・タウンや再ローカル化のグループのようなコミュニティの努力への私たちの関与です。それらは私たちにローカルに活動し、深いつながりを発展させ、有効な癒しのエネルギーのなかの喜びや仲間たちからの支援の機会を提供しているのです。」:http://tinyurl.com/d735ab
淡海ネットワークセンターさんより「おうみネット」68号をお送りいただく:深謝:http://tinyurl.com/dgdmkt
第17回環境自治体会議たじみ会議の参加案内資料をお送りいただきました。深謝:http://tinyurl.com/czzmqh
環境自治体会議ニュースNo.52をお送りいただく:http://tinyurl.com/c6lbzd
米国の制度化されたイカサマほか
http://www.youtube.com/watch?v=-levttuKm4Q
http://www.youtube.com/watch?v=CwzbQXKNG7A
http://www.youtube.com/watch?v=jZVSRF9XPkE
After the Crash - Part 1 - Wall Street Week Oct. 23, 1987
http://www.youtube.com/watch?v=XFn1G2goDQw&feature=related
After the Crash - Part 2 - Wall Street Week Oct. 23, 1987
http://www.youtube.com/watch?v=Lm_4j-_Dnwc&feature=related
After the Crash - Part 3 - Wall Street Week Oct. 23, 1987
http://www.youtube.com/watch?v=o_fxEoF8Vl8&feature=related
Black Monday - Part 1 - Nightly Business Report Oct.19, 1987
http://www.youtube.com/watch?v=4pjSlIkNxXg&feature=related
Evangelist on Wall Street
http://www.youtube.com/watch?v=Nz3SvOmfH6s&feature=related
Europe fumes over Wall Street meltdown
http://www.youtube.com/watch?v=ivVhuj6Klo0&feature=related
Crisis ten years of hell? Pt.4
ここまでしかできなかったとかうまくいったとかは、たいていの場合、自分自身になにを期待していたかに基づいている。心であれこれかんがえたこと、からだが振る舞ったことに。(デニス・ウェイト)
まあ、そういわれればそうだな。
最近は正規の雇用を得ている人も雇用に不安を感じるほどに経済状況は悪化しているが、これが非正規の、不安定雇用にあるものは一層の厳しさ。賃金は安く、いくつもアルバイトをかけもちして寝る間を惜しんでも、なかなか暮らしていけない人もいるときく。その折に、脳裡をよぎるのは、井原西鶴、『萬の文反古』第一巻、「百三十里の所を拾匁の無心」にある、こんな一文。
今程は一日暮しに朝の間は佛の花を売り、晝は冷水を売り、くれがたより蚊ふすべの鋸屑(おがくず)を売り、宿に帰りて夜は百を八文づつにて茶うりの紙袋つぎ申し、すこしも油断なくかせぎ申候へども、さりとは世間かしこく利徳をとらせず、日に一匁五分と申す銀子は中々まうけかね申候。去冬(きょふゆ)忰子(すいし)をまうけ三人口に罷成り、此渡世おくりがたく候。
まことに世間はかしこく、なかなか稼がせてくれない。人間の値打ちがかくも安いのかと思わされる。朝、昼、夕方、夜と、花を売り、冷水を売り、蚊ふすべ(ふすべとは燻す意味かな)をうり、百作って八文の紙袋を作って、と西鶴の描く世界も大変だが、同様の現実を現代にもみる。そんな経済社会、なんとかならんか・・・
とりわけ子をもつ家庭が「渡世おくりがたく候」では困る。
一部にトンネルの先の明るさを感じさせてくれるデータもあるが、相変わらず経済は底の見えない現状。
信用は収縮しているし、カネに四苦八苦の状況。
そんななかでフト、井原西鶴、『萬の文反古(よろずのふみほうぐ)』第五巻中の一文を思い出す。
金なくて金はもうけられぬ浮き世に候
まことにそうだ。そうして、
さてさて世に金もたぬ程かなしき物はなく候。偽(うそ)もけいはくも悪心も皆貧よりおこり申候
とにかく、貧はつらい。
